2019年5月21日、経済産業省(METI)はナッジユニットを設置すると発表した。イギリスやアメリカ等ではすでに先行事例があるナッジの政策応用について、その費用対効果を検証した論文があるので、そのひとつを紹介したい。
「経済産業省は、政策の施策効果の向上を図るため、行動経済学の知見に基づく新たな政策手法である「ナッジ」の活用に向けて、省内に新たなプロジェクトチーム「METIナッジユニット」を設置します。今後、METIナッジユニットが中心となり、専門家の協力を得ながら、エネルギーや中小企業施策などの分野で具体的なナッジプロジェクトを組成・推進します。」出典:同上
ナッジが政策に
「ナッジ(nudge)」は、肘で軽くつついて人を動かすこと。家計や企業といった経済主体の行動を政策目標に沿うように誘導するために、これまでは税や補助金が使われてきた。例えば、太陽光発電を促したい、あるいは住宅の耐震化をすすめたいのであれば、それにそった補助金制度が整備される。しかし、税制優遇や補助金だけではどうやら不十分であることが理解されてきた。なぜなら、補助金などを考慮すれば合理的には正しいはずの行動でも、意思決定に直面する人の多くに行動経済学的なバイアスがあるせいで、正しい行動をうまくとることができないからだ。
これを受け、各国政府のなかで通称ナッジユニットとよばれる政策の企画立案部署が設置された。イギリスでは2010年に内閣にナッジユニットが設立され、アメリカでもオバマ大統領が2015年に行動科学を政策に応用するためのSocial and Behavioral Sciences Teamを設置した。世界銀行のなかにも行動科学の専門家チームeMBeDがある。実際のところ、どの程度の効果があるのか。またナッジを効かすにあたっての注意事項等を以下で整理しよう。
ナッジの費用対効果
Psychological Science 誌に「Should Governments Invest More in Nudging?(政府はナッジにもっと投資すべきか?)」という論文が公刊された。この論文の著者には、『実践 行動経済学(原題:Nudge)』を記したサンスティーン教授とセイラー教授も含まれる。
論文は、4つの分野(退職金積立促進、大学進学支援、省エネ促進、インフルエンザ予防接種促進)において、ナッジ手法による効果と、補助金などの伝統的な政策による効果を比較している。比較対象となる伝統的な政策については、各分野でのトップ3の学術誌に2000年~2015年までに掲載された研究結果の数値が用いられた。
退職金積立促進
まず退職金積立促進におけるナッジは単純で、従業員に就職後1ヶ月以内に積立率を選んでもらうだけだ。このナッジのおかげで、従業員給与の1%相当が新たに退職金積立に振り向けられたという。その費用対効果は低めに見積もっても、コスト$1当たりで、積立金の増加額年間$100に相当した。伝統的な税制優遇や補助金などよりもずっとインパクトは大きい。
就職直後に退職金積立の申込をしてもらう「ナッジ」だけの効果は、 補助金や税制優遇などよりもずっと効果が大きい |
大学進学支援
大学進学支援についてもナッジの効果は大きい。低所得世帯の高校生をターゲットに大学進学を促すような補助金や奨学金などはあるが、それが果たす役割(大学進学を増やす効果)はナッジに比べれば限定的だ。ここでのナッジは、連邦学資援助無料申込(FAFSA)の入力支援と援助額の見積サービスだ。このサービスを受けたグループでは、そうでない統制グループと比べて、進学率が8.1%ポイント上昇したという。支援見積サービスの単価が1件当たり$53.02かかったので、政策コスト$1,000当たりになおすと政策効果は1.53人分の大学進学人数に相当する。これは他の伝統的な政策(その多くは金銭的な援助を提供する)に比べても大きい。