2013年7月10日

『日本最悪のシナリオ~9つの死角』「人口衰弱」

2013年7月10日に六本木アカデミーヒルズで行われたパネル討論会における私の発言録です。

 “日本最悪のシナリオ”に学ぶ「危機管理」と「リーダーシップ」
~いかに“最悪”を回避するのか?~
https://www.academyhills.com/note/opinion/14021705saiakunoscenario.html
こちらのウェブサイトにある写真を転載しています。

第3次ベビーブームはおきず、日本の人口は逆ピラミッドへ

私は『日本最悪のシナリオ~9つの死角』で、「人口衰弱」のシナリオ原案を担当しました。人口衰弱は、時間をかけて満ちる潮のように、ゆっくりと迫ってくるタイプの危機です。しかし、その危機が近いうちに訪れることは、もはや誰の目にも明らかです。

「人口ピラミッド」という有名なグラフがあります。昭和期、若い世代のグラフは長く、年齢が高くなるほど短くなり、きれいなピラミッドの形をなしていました。現在はむしろ、逆ピラミッドに近づきつつあります。2050年の人口予測では、全体の4割が65歳以上の高齢者となり、20歳以下の人口は1割ほどになると予測されています。

人口衰弱がもたらす危機の最たるものは、高齢者3経費(年金・医療・介護)です。すでに社会問題となっており、様々な推計も出されています。現在は高齢者1人につき、3~4人の勤労世代で支えていますが、将来は高齢者1人を1.5人の勤労世代で支えなければならなくなります。特に、医療費は将来、GDP比10~15%となり、消費税は20%になるとも言われています。他方で、政府の借金はいまや1,000兆円にも達する勢いです。少子化の進展により税収は先細りとなり、このままではいずれ政府そのものが破綻すると考えられています。

では、子どもはなぜ少なくなったのでしょうか。日本では戦後すぐ、第1次ベビーブームが起こり、団塊の世代が生まれました。次に団塊ジュニア、第2次ベビーブーム世代が日本の人口を支えました。本来は、第3次ベビーブームが起こるはずでした。しかし、団塊ジュニアが40歳を超えてしまい、もはやその可能性は失われてしまったのです。


なぜ、ベビーブームは起こらなかったのか。その理由を物語るデータがあります。厚生労働省がまとめた、1975~2000年までの社会保障給付費の変遷を表すグラフです。この25年間で、高齢者向けの社会保障費は増加の一途をたどっています。一方で、児童・家庭関係給付費はほとんど増加していません。つまり、子どもが減少してきたにもかかわらず、20年以上にわたり手立てが講じられてこなかった。そのツケが、出生率の低下につながっているのです。

もう1つの理由は、結婚・出産に関する考え方の変化です。結婚はかつて、経済力のある男性が経済力のない女性を養う、あるいは、男性は仕事、女性は家事・育児・介護を担当するという不文律がありました。しかし、日本が1985年に女子差別撤廃条約に批准して以降、女性の社会進出が進むにしたがい、従来の性的、分業的な結婚観は大きく変わりました。

また、十数年前までは、結婚して家庭を持たない男性は一人前として認められない、つまり社会的信用が得られませんでした。そして結婚すれば、周囲から「子どもは?」という声がかかります。こうしたことから、人々の頭の中には「結婚から出産」という既定路線ができあがっていました。しかし、近年は結婚に対する価値観が変わり、その路線は失われつつあるのです。

竹内幹: 実は、人口が減ると分かったのは1974年のことです。この年、合計特殊出生率(※編注)は人口を一定に保つために必要な水準(2.1)を初めて下回りました。しかし、その後15年間、人口減少への有効な手は打たれませんでした。1990年、前年の合計特殊出生率が史上最低となった「1.57ショック」が起こり、初めて少子化が社会問題として取り上げられました。ところが、ここでも政府は対応しませんでした。そして2005年、日本の人口は減少に転じてしまったのです。

対応しなかった1つの理由は、社会を動かしてきた男性中心の権威主義が、女性や子どもの問題を軽視してきたからです。男女雇用機会均等法成立の中核を担った赤松良子氏(当時、労働省婦人局長)は、1983年に当時の経団連会長と面会し、女子差別撤廃条約への批准と、男女雇用機会均等法成立への協力を求めたそうです。すると、当時の会長は「(婦人に)参政権なんて持たせるから、歯止めがなくなってしまっていけませんなあ」と答えたそうです。

女性の参政権が認められたのは1945年。その後40年経っても、こうした発言をする人が経済界のトップに立っていたのです。日経連も当時、「男女雇用機会均等法ができると、企業経営が成り立たなくなる」と声明を出そうとしていましたが、赤松氏が説得し、未然に防いだという経緯が彼女の著書に記されています。経済界がいま、手のひらを返したように女性活用を訴えはじめていることは、私の目にはとても滑稽に映ります。

「環境問題」を思い出してみてください。30年前、「そんなことをしていたら企業経営は成り立たない」と言われていたはずです。30年経ち、社会の意識はガラリと変わりました。現在は「育児休業なんかで休まれたら、仕事にならない」と言われていますが、おそらく30年後、人口衰弱による危機に直面した日本では、人々の意識も変わっていることでしょう。

「企業の社会貢献だ、CSRだ」と言って木を植えるよりも先に、まずはお父さんお母さんを子どものもとに帰しなさい。私はいま、真面目にそう言いたいと思います。国家とは元をたどれば、1つひとつの家庭に行き着きます。経済学の言葉を当てはめれば、子どもは公共財です。子どもは社会全体に便益をもたらす1つの財産であり、本来は社会全体で支え、育てていくものです。同じく公共財である道路に関しては、現在も多額の税金が投じられています。しかし、子どもに関しては、いまだに手がつけられていません。

政治や経済を担う男性の間に「出産や育児など、小さい問題だ。俺たちは国や経済といった大きな問題と戦っているのだ」という意識がいまだ蔓延している時点で、すでに危機の状況が正確に把握できていないのです。

「世代間格差」という言葉があります。これは、生涯で負担する税金と、生涯で享受できる社会保障サービスの差が、世代ごとに異なることを指します。内閣府の『年次経済財政報告』(平成17年)によれば、現在の60代は約1,600万円の純利益を得ている一方で、現在の30代は約1,700万円の損失を被るそうです。さらに、これから生まれる世代は、生まれた瞬間から約5,000万円もの借金を背負わされてしまうのです。団塊以上の世代が「逃げ切り世代」「持ち逃げ世代」と言われる所以です。

現在の高齢者の医療費自己負担は1割ですが、本来、2割への引き上げは2008年から行われる予定でした。しかし、政府は毎年2,000億円もの赤字を出しながら、懸命に1割負担を維持しています。その一方で、財政破綻が近づけば、若者の失業率が高くなります。近年、財政破綻に直面する国では、若者の失業率は5割を超えています。

財務省は、消費税を現在の水準から5%上げれば、税収が13.5兆円増えると試算しています。消費税は基本的に高齢者3経費(年金・医療・介護)に当てられるのですが、今回の増税で財務省は「未来(子ども)への投資」と銘打って、子育て支援にも使うとしています。しかし13.5兆円のうち、子育て支援に充てられるのは、わずかに0.7兆円。とても本気とは思えない金額です。

今後、国の取り組みが変化するのかと言えば、可能性は低いでしょう。選挙で投票した年代別の割合を示す円グラフがあります。グラフでは50代以上が全体の6割超を占め、60代以上でも半数に迫っています。20代は全体の1割弱です。若者の投票率が低いと言われて久しいですが、実はいま、若者が全員投票したとしても、数字上では高齢者世代に勝てない。それが少子高齢化の現実です。投票者の年齢構成は、政策の方向性に大きな影響を与えます。現在の政治のシステムが変わらない限り、高齢者優遇の流れも変わらないのです。

こうした流れが行き着く先に、何があるのか。不満を募らせ、行き場を失った若者たちは、街に繰り出し、国のあり方を力尽くでも変えようと過激な行動、クーデターを起こす。それが最悪のシナリオの一例です。

暗い話ばかりが続きましたが、危機への対応策はあります。たとえば、年金のカットです。バラマキと批判された「子ども手当」は、年間2~4兆円ほど。しかし、年金のバラマキは年間約50兆円。高齢者の方々は「若い頃から積み立てたお金を受け取っているだけだ」と言いますが、彼らは自分たちが支払った額よりもずっと多い金額を受け取っています。年金こそ、盛大なバラマキなのです。年金を現在の半分ほどにカットすれば、年間約25兆円の支出が抑えられます。消費税10%分と同程度の額を生み出せるわけです。

もう1つの対応策として考えられるのが、子どもを増やしていくこと。少子化対策として頻繁に取り上げられるのが、女性活用とワーク・ライフ・バランス(仕事と育児の両立)です。しかし、世界の流れからすれば、すでに周回遅れのイメージがあります。

そもそも、企業内に女性役員がいない時点で、1周遅れています。女性の役員・社員がいるとしても、その旦那さんはおそらくフルタイム勤務でしょう。夫婦がフルタイムで働いている間、子どもはどこにいるのでしょう。育児とは、保育施設で行うものではありません。そして、育児の責任は男女平等です。女性支援(=育児支援)を打ち出すのならば、父親支援も並行して行うべきなのです。

以上です。 パネル討論などはアカデミーヒルズ様のウェブサイトでご覧いただけます。