2020年11月9日
2020年10月13日
ノーベル経済学賞はオークション理論分野に。電波オークションに複数財・組み合わせオークションを導入。
2020年ノーベル経済学賞は、スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授とロバート・ウィルソン名誉教授が受賞しました。「オークション理論の改良と新しいオークション形式の発明を評して」が理由。
応用事例としてまっさきにあがるのが、米国FCC(連邦通信委員会)の「電波オークション」「周波数帯オークション」です。これは、携帯端末事業などに使える無線周波数帯の使用免許を競売にかけるというものです。市場規模は何千億~数兆円になると思います。
「新しいオークション形式の発明」というのは、複数の財を同時に売り出す「組み合わせオークション(複数財オークション)」に関するものでしょう。これは、入札者が複数の財を組み合わせて「パッケージ」とすることができて、そのパッケージごとに値段が異なるのが特長です。
組み合わせオークションは、複数の使用免許を同時に競売にかけるのに適しています。全米の無線周波数帯使用免許といっても、全米をカバーする使用免許がひとつだけ競売にかけられているのではありません。全米をいくつかの地域にわけ、それぞれの地域での使用免許が同時に競売に出されます。組み合わせオークションでは、個々の免許を別々に競り落とすのではなく、複数の免許のうち、いくつかを組み合わせてパッケージを作り、そのパッケージに入札することが可能になっています。
Exposure Problem(露出問題)を解決
組み合わせオークションがつかえない場合の問題は、Exposure Problemです。たとえば、テレビ地上波の電波利用権を地域ごとに競売にかけたとき、
価値(地域A)=2000億円
価値(地域B)=2000億円
という経済価値がある場合でも、
価値(地域A+地域B)=8000億円
という価格付けも十分にありえます。これは、当該事業者にとっては地域間に相乗効果が見込める場合です。2地域で同時に放映できれば、それぞれの価値2000億円×2地域に加え、相乗効果分4000億円が追加されると考えてみます。
以上のような相乗効果が見込めるケースでは、1地域ごとの利用権をばらばらにオークションにかけることは望ましくありません。なぜなら、相乗効果を見込めたとしても、パッケージで入札できないかぎり、そうした相乗効果分を入札値に反映させにくいからです。この問題が、入札者が片方の財しか入手できず赤字に陥ってしまうリスクにさらされる(exposed)ので、"Exposure Problem"として知られています。例えば、競り上げオークションの途中で、
競り値(地域A)=3000億円
競り値(地域B)=3000億円
となった場合は、どうすればよいのでしょう。
両方を競り落とすことができれば、両方合わせた価値8000億円に対して、支払いは6000億円なので、競り上げてもよいかもしれません。でも、もし、片方しか競り落とせなかったら、大損です。
ですから、ABをセットで6500億円という値付けでもできないかぎり、競り上げオークションはここで止まってしまい、財の配分は非効率的で、オークション収益も最大化されません。こうしたExposure Problemの発生を避けるためには、パッケージオークション、組み合わせオークションが有効なのです。
Threshold Problem(閾値問題)
では、組み合わせさえできれば、問題は解決するのかというとそうではありません。Threshold Problem という、もうひとつの問題があります。例えば;
事業者X 価値(地域A) =100億円
事業者Y 価値(地域B) =100億円
事業者Z 価値(地域AB)=130億円
という経済価値がある場合にそれが起こります。収益を最大化する配分は、事業者X・Yに、それぞれ地域Aと地域Bのライセンスを100億円で供与することです(収益131億円)
ところが、組み合わせ競り上げオークションの途中で、
事業者X 競り値(A) = 60億円
事業者Y 競り値(B) = 60億円
事業者Z 競り値(AB)=125億円
となったら、何が起こるでしょうか。ここで、事業者XとYの間にタダ乗り問題が発生します。本来ならば、XとYがそれぞれ、65億円に同時に競り上げれば、事業者Zからライセンスを取り戻せます。しかし、入札参加者同士のコミュケーションは禁止されているのもあり、それは不可能です。
すると、XかYかのどちらかが、あと10億円上乗せしてくれれば、事業者Zに勝てるわけです。ここで、XとYはお互いにそれを期待しながら、無駄に時間が経ち、オークションは終了してしまうかもしれません。そうなると、オークション収益は129億円で、最大化されず、ライセンスの配分も経済学的に非効率的となってしまいます。
このように、組み合わせオークションをそのまま使えばよいというわけではありません。競り上げオークションには、独特のダイナミズムがあり、そのなかではオークション参加者同士の相互作用や学習が起きます。これを分析するのには、経済学で特に発展したゲーム理論が有効だったという背景があったのです。ミルグロム教授の大きな貢献のひとつがこの分野での大活躍です。
2020年9月4日
「トイレ後の手洗い推進ステッカーに関する調査結果」:実験調査で重要なポイント
東京都福祉保健局が、主に調理従事者の手洗い促進ステッカーを試作し、その効果測定も実施した。新型コロナウイルスが流行する直前の1月~2月での調査。その結果が、「令和元年度第2回 東京都食品安全情報評価委員会」にて報告されている(議事要録等)。
上の図は、東京都福祉保健局による手洗い促進ステッカー。左のA案は「試験中」とすることで”見られている”感を醸し出すのがねらいで、右のB案は損失を強調するコンセプトで作られている。調査目的は、新型コロナウイルス感染予防のためではなく、食中毒を予防するための「調理従事者の手洗い」促進である。
C案は、手のステッカーを複数用意して、トイレの様々な場所に貼る。そして、利用者の興味を引き出したところで、手洗い場で「石鹸を使おう」と呼びかけるもの。
効果のあったステッカーは?
この3種類のステッカーを、(1)調理師養成学校、(2)都関連施設、(3)保健所[食品事業者向け講習会開催日]のトイレに掲示し、石鹸の使用量を調べた。調理師養成学校と保健所では、手洗いの効果がデータで示されたうえで、雇用者や保健所に観察されていると訴えるA案の効果が高かったとのこと。
場所によって効果は異なるのかも
ただし、都関連施設ではB案の効果が高いと出ている。利用者が都職員とあるので、おそらく職場のトイレでの石鹸使用量の観察だろう。やはり飲食店や食品事業の関係者でないからなのか、手洗いしないことの損失をホラー仕立てでカジュアルに訴えるB案のほうが効果があったということなのかもしれない。
「ナッジ」の調査で重要なこと
政府/公共機関による啓発事業において、A/Bテストが行われ、そして、A/Bテストの結果が公開資料になっているのはとても良いことです。ただし、いくつかもったいないなと気になる点がありましたので、列挙してみます。同様の調査をお考えの政策担当者の皆さんにお役にたてば幸いです。
(1)ランダム化比較試験(RCT)でない。
RCTでないところはやはり気になります。例えば、保健所での調査では、ステッカーA案を掲示する保健所Xと、B案を掲示した保健所Yは、別の場所でした。これでは「保健所の調査ではA案の効果が高かった」といいきれず、「保健所Xでは、ステッカー掲示の場所がよかっただけ」といわれたら否定できない。もちろん、調査対象とできる場所が限られているので仕方ないことですが、せめて、3日目にはステッカーの種類を入れ替えて、保健所XでB案、保健所YでA案としたほうがよかったです。そうすれば、保健所による(例えばステッカー掲示場所の)違いに起因する効果をある程度相殺できたはずです。
(2)統制群(コントロールグループ)がない!
これも気になります。ステッカーの効果をみるときは、ステッカー使用前と使用中を比較するだけでなく、なるべく、ステッカーを使用していないトイレ(統制群)との比較をすべきです。前後の比較、A案とB案の比較も大事ですが、なによりも統制群との比較は不可欠です。それによって、ステッカーの効果が本当にあったかどうかについて推測もできます。
(3)サンプルサイズを考慮にいれていない。
例えば、都関連施設での調査では、ステッカー3種類×観察期間3週×男女トイレ2種類で、N=18。このサンプルサイズだと、石鹸使用量の増加は誤差の範囲にすぎないといわれてしまえば、全く否定できません。
石鹸使用量を各要素(男女、フロア、ステッカー種類)で説明するための単純な回帰分析の結果は次の表のようになります。石鹸使用量にいわゆる”有意差”が出るのは、女性であることだけで、ステッカーの効果は確認されません(これにしても、女性が石鹸を多く使っているからなのか、女性の利用者が多いからなのかも、利用者数を記録していないのでデータからは判別できません)。
(4)セグメント化していない。
(5)ステッカーデザインの全体が案によって異なるので、効果の差異の説明がつかない。
工夫を凝らしてステッカーのデザインを複数作り込むのは重要です。しかし、A案に効果ありとデータが示していても、それはなぜなのかがまだわかりにくいです。例えば、A案の赤色に起因するのか、それともメッセージ内容によるものなのかが全くわからないので、次のデザイン考案に活かすことができないのが残念です。もし、効果量が異なることの原因(要素)を探りたいのであれば、ステッカーのなかに交換可能なパーツを用意し、そのパーツ部分だけを変更すればよいでしょう。そうすれば、甲案と乙案の効果の違いはそのパーツ部分にあると限定できます。もちろん、その分、甲と乙の効果量の差は縮まってしまうでしょうから、結果のインパクトと原因追求とはトレードオフにあります。
(6)ステッカーの汎用性がない。
A案のステッカーでは手洗い効果を「試験中」となっており、たしかにこの調査では試験中ですが、このステッカーをそのまま全国で使用することはできません(普及版では「検証中」とされていますが、福祉保健局が本当に「検証」しているわけではないでしょう)。また、B案もホラーの要素が強すぎて、お客さんも利用するタイプのトイレでは到底使えないし、ナッジの「面倒なことでも前向きに取り組める」ように誘導する理念にそぐわないように思いました。せっかくですから、すぐに全国規模で使えるものだと良いですね。
上記のような気になる点はいくつかありますが、効果測定や結果の数値を、公開資料としてウェブサイトに見えるようにしてあるのは、とても素晴らしいことだと思います。その点は、東京都福祉保健局の担当者・企画者の方に本当に感謝です。
2020年4月14日
給付金(ヘリコプターマネー)は景気刺激になるのか
給付金は消費にまわるのか
給付タイミングをランダム化して効果検証
2020年2月17日
「となりの人は石鹸で手を洗っていますか?」新型コロナウイルス対策にも。手洗いを促す行動経済学とナッジ
1) 床に矢印ステッカーを貼って洗面台に誘導
矢印ステッカーによる洗面台への誘導効果 (Blackwell, et al., 2018) |
2) 子どもも足跡をたどって手洗い場に行く
トイレを出てからポリタンクに誘導する (Dreibelbis, et al., 2016) |