2018年1月3日

大学は格差を是正できるか:「第一世代」を知っていますか

 東京大学が2016年秋に、女子学生向けの住まい支援として月3万円の家賃補助をすると発表して、ニュースになった。東京大学によれば、「世界最高水準の研究・教育のさらなる向上のために、多様な学生が活躍することのできる支援体制」ということだ。ここでのキーワードは「多様な学生」、カタカナではダイバーシティだ。この理念の本家ともいえるアメリカでの現状を紹介したい。

 アメリカの大学でダイバーシティ施策といえば、人種多様性を規準として、アフリカ系(黒人)学生の比率を重視したり、ジェンダー平等を目指し、女性教授比率を重視したりする大学経営のことだと思われるだろう。

 ダイバーシティを表す比較的新しい指標のひとつに「first-generation(第一世代)」とよばれる学生の比率があるのをご存じだろうか。たとえば、トップ校の1つカリフォルニア大学バークレー校は、ダイバーシティのデータシートの冒頭に次の4つの数字を挙げている。女性比率、マイノリティー人種の比率、第一世代の比率、外国人比率。このような形で第一世代比率を調査公表までする大学はまだ少ないものの、学生支援プログラムの対象として”first-generation”を謳ったものを提供する大学は多い。

 また、大学のアドミッション・オフィス(入試課)のウェブサイトで、第一世代にフォーカスしたページを用意している大学はとても多い。たとえば、ハーバード大学はこちらで、「Blaze the trail for your family(家族にとっての新境地に進んでいくあなたへ)」として、ハーバードではおよそ15%が第一世代であり、同じ気持ちの仲間もいると書かれている。Harvard First Generation Program では出願の段階からサポートするための情報提供も行っているとのこと。

 この「first-generation college students(第一世代大学生)」とは、両親が大学学位を持っていない(大卒ではない)学生のことを指すことが一般的だ。カリフォルニア大学バークレー校は、新入生のうち29%が第一世代だと発表している。他の大学の多くも同様のデータを公表しており、概ね10%~50%ほどが第一世代といった印象である。

一流大学は格差を拡大するのか縮小するのか

大学に進学するかしないかが格差の直接的原因になる一方、恵まれない家庭の子どもが大学進学を経て階層上昇をする面もある。大学が、第一世代学生の比率を気にするのは、そうした大学の社会的責任がある、あるいは少なくとも期待されているという自覚があるはずだ。

 たとえば、Chetty博士(スタンフォード大学教授)らが、1980年~1982年生まれアメリカの若者1000万人以上の親の課税所得を分析し、一流大学と富裕層の関係を分析している。まず、一流とされる12大学(アイビーリーグ8校ならびに、シカゴ大、デューク大、MIT、スタンフォード大)に入学できた若者のうち、14.5%は富裕層(親の年収が51.2万ドル超で、年収分布のトップ1%)出身であり、その割合はなんと新入生の7人に1人。一方、親の所得が下位20%にはいる低所得層出身の新入生は100人に4人もいない。

 東京大学でもそうした割合を知りたい場合には、2014年の「学生生活実態調査」の「生計を支えている人の年収見込み(図17-1)」が、ある程度の参考になる。東大生回答者の13.6%が、つまり7人に1人が、その年収を1550万円以上としている。ちょうどこれが上記の“米国一流大学生の7人に1人が富裕層出身”に相当しうる。ただし、米国富裕層の51.2万ドル(約5700万円)以上水準や年収トップ1%水準よりも、この1550万円は低い。日本で世帯年収トップ1%に入るためには2000万円あってもまだ足りないくらいだ。それでも、同調査によれば、東大生の過半数が年収950万円以上の家庭出身となっており、東京大学には一般に比べれば裕福な家庭の子どもたちが多い。一流大学の卒業生が高所得を稼ぐことをかんがえあわせれば、大学が階層固定あるいは格差拡大の一翼を担っているという批判につながる。

一流大学を出て「のしあがる」

逆に、大学を出たからこそ、親とはちがった経済力を得ることもできる。Chetty博士らの調査では、対象となった1980年~1982年生まれの若者たちの32-34歳時点の年収データも得ている(すばらしいデータだ!)。ここで、親の所得が下位20%の低所得層出身の若者が、32-34歳になった時点で上位20%の高所得を稼ぐようになれば、階層上昇(のしあがり)ができたと定義しよう。

若者が大学にいかない場合は、この階層上昇(のしあがり)の成功率は4.11%にすぎない。しかし、大学にいった場合の階層上昇の成功率は18.33%である。さらに、上記の一流12大学にいくことができた学生をみれば、その成功率は58.0%にまで高まる。このデータは、競争社会における最低限のルールでもある「機会均等」を整備する役を、大学が担うことを示唆する。富裕層出身の子どもが一流大学に来て富裕層になる一方で、低所得層出身の子どもが大学に行くことで階層上昇を助ける面もある。

 各大学は、社会的要請を受け、第一世代にリーチするための活動に取り組んでいる。また、第一世代が入学前や入学後に直面する困難な問題も明らかにし、少なくとも表向きだけでも、それらへの支援体制も整えつつあるようだ。

ダイバーシティはジェンダー問題ではない

ダイバーシティというと、LGBTもそのひとつの問題として認知されつつあるが、日本ではまだ女性比率の低さが前面に出てくる。

 大学のダイバーシティでいえば、女性研究者を主な対象として支援体制を整えたり、いわゆる理系に進学する女性生徒の割合が低いので理系女子“リケジョ”を応援したり、といった取り組みはすでに進んできた。男性優位を変えていく方向としては、それをさらに進めていけばよいだろう。

 だが、4年制大学への進学率が53%程度で、18歳のほぼ半数は大学に行かない現状を忘れてはならない(学校基本調査)。また、ここではとりあげなかったが、地方によって大学進学率にかなりのバラつきがあること、そして、一流大学の多くが大都市圏にあり、都市圏に住まない高校生が大きなハンデを負っていることも社会的に問題だ。

 今後は女子学生比率だけではなく、大学生の「経済的多様性」「出身地多様性」を無視していては、大学は階層固定(階級再生産)の手助けをしているとみなされかねない。こうした指標も同じように重視し、何らかの対策をとる必要にいずれ迫られるだろう。

(2018年1月3日にYahoo!ニュースに掲載した記事です)

2013年7月10日

『日本最悪のシナリオ~9つの死角』「人口衰弱」

2013年7月10日に六本木アカデミーヒルズで行われたパネル討論会における私の発言録です。

 “日本最悪のシナリオ”に学ぶ「危機管理」と「リーダーシップ」
~いかに“最悪”を回避するのか?~
https://www.academyhills.com/note/opinion/14021705saiakunoscenario.html
こちらのウェブサイトにある写真を転載しています。

第3次ベビーブームはおきず、日本の人口は逆ピラミッドへ

私は『日本最悪のシナリオ~9つの死角』で、「人口衰弱」のシナリオ原案を担当しました。人口衰弱は、時間をかけて満ちる潮のように、ゆっくりと迫ってくるタイプの危機です。しかし、その危機が近いうちに訪れることは、もはや誰の目にも明らかです。

「人口ピラミッド」という有名なグラフがあります。昭和期、若い世代のグラフは長く、年齢が高くなるほど短くなり、きれいなピラミッドの形をなしていました。現在はむしろ、逆ピラミッドに近づきつつあります。2050年の人口予測では、全体の4割が65歳以上の高齢者となり、20歳以下の人口は1割ほどになると予測されています。

人口衰弱がもたらす危機の最たるものは、高齢者3経費(年金・医療・介護)です。すでに社会問題となっており、様々な推計も出されています。現在は高齢者1人につき、3~4人の勤労世代で支えていますが、将来は高齢者1人を1.5人の勤労世代で支えなければならなくなります。特に、医療費は将来、GDP比10~15%となり、消費税は20%になるとも言われています。他方で、政府の借金はいまや1,000兆円にも達する勢いです。少子化の進展により税収は先細りとなり、このままではいずれ政府そのものが破綻すると考えられています。

では、子どもはなぜ少なくなったのでしょうか。日本では戦後すぐ、第1次ベビーブームが起こり、団塊の世代が生まれました。次に団塊ジュニア、第2次ベビーブーム世代が日本の人口を支えました。本来は、第3次ベビーブームが起こるはずでした。しかし、団塊ジュニアが40歳を超えてしまい、もはやその可能性は失われてしまったのです。


なぜ、ベビーブームは起こらなかったのか。その理由を物語るデータがあります。厚生労働省がまとめた、1975~2000年までの社会保障給付費の変遷を表すグラフです。この25年間で、高齢者向けの社会保障費は増加の一途をたどっています。一方で、児童・家庭関係給付費はほとんど増加していません。つまり、子どもが減少してきたにもかかわらず、20年以上にわたり手立てが講じられてこなかった。そのツケが、出生率の低下につながっているのです。

もう1つの理由は、結婚・出産に関する考え方の変化です。結婚はかつて、経済力のある男性が経済力のない女性を養う、あるいは、男性は仕事、女性は家事・育児・介護を担当するという不文律がありました。しかし、日本が1985年に女子差別撤廃条約に批准して以降、女性の社会進出が進むにしたがい、従来の性的、分業的な結婚観は大きく変わりました。

また、十数年前までは、結婚して家庭を持たない男性は一人前として認められない、つまり社会的信用が得られませんでした。そして結婚すれば、周囲から「子どもは?」という声がかかります。こうしたことから、人々の頭の中には「結婚から出産」という既定路線ができあがっていました。しかし、近年は結婚に対する価値観が変わり、その路線は失われつつあるのです。

竹内幹: 実は、人口が減ると分かったのは1974年のことです。この年、合計特殊出生率(※編注)は人口を一定に保つために必要な水準(2.1)を初めて下回りました。しかし、その後15年間、人口減少への有効な手は打たれませんでした。1990年、前年の合計特殊出生率が史上最低となった「1.57ショック」が起こり、初めて少子化が社会問題として取り上げられました。ところが、ここでも政府は対応しませんでした。そして2005年、日本の人口は減少に転じてしまったのです。

対応しなかった1つの理由は、社会を動かしてきた男性中心の権威主義が、女性や子どもの問題を軽視してきたからです。男女雇用機会均等法成立の中核を担った赤松良子氏(当時、労働省婦人局長)は、1983年に当時の経団連会長と面会し、女子差別撤廃条約への批准と、男女雇用機会均等法成立への協力を求めたそうです。すると、当時の会長は「(婦人に)参政権なんて持たせるから、歯止めがなくなってしまっていけませんなあ」と答えたそうです。

女性の参政権が認められたのは1945年。その後40年経っても、こうした発言をする人が経済界のトップに立っていたのです。日経連も当時、「男女雇用機会均等法ができると、企業経営が成り立たなくなる」と声明を出そうとしていましたが、赤松氏が説得し、未然に防いだという経緯が彼女の著書に記されています。経済界がいま、手のひらを返したように女性活用を訴えはじめていることは、私の目にはとても滑稽に映ります。

「環境問題」を思い出してみてください。30年前、「そんなことをしていたら企業経営は成り立たない」と言われていたはずです。30年経ち、社会の意識はガラリと変わりました。現在は「育児休業なんかで休まれたら、仕事にならない」と言われていますが、おそらく30年後、人口衰弱による危機に直面した日本では、人々の意識も変わっていることでしょう。

「企業の社会貢献だ、CSRだ」と言って木を植えるよりも先に、まずはお父さんお母さんを子どものもとに帰しなさい。私はいま、真面目にそう言いたいと思います。国家とは元をたどれば、1つひとつの家庭に行き着きます。経済学の言葉を当てはめれば、子どもは公共財です。子どもは社会全体に便益をもたらす1つの財産であり、本来は社会全体で支え、育てていくものです。同じく公共財である道路に関しては、現在も多額の税金が投じられています。しかし、子どもに関しては、いまだに手がつけられていません。

政治や経済を担う男性の間に「出産や育児など、小さい問題だ。俺たちは国や経済といった大きな問題と戦っているのだ」という意識がいまだ蔓延している時点で、すでに危機の状況が正確に把握できていないのです。

「世代間格差」という言葉があります。これは、生涯で負担する税金と、生涯で享受できる社会保障サービスの差が、世代ごとに異なることを指します。内閣府の『年次経済財政報告』(平成17年)によれば、現在の60代は約1,600万円の純利益を得ている一方で、現在の30代は約1,700万円の損失を被るそうです。さらに、これから生まれる世代は、生まれた瞬間から約5,000万円もの借金を背負わされてしまうのです。団塊以上の世代が「逃げ切り世代」「持ち逃げ世代」と言われる所以です。

現在の高齢者の医療費自己負担は1割ですが、本来、2割への引き上げは2008年から行われる予定でした。しかし、政府は毎年2,000億円もの赤字を出しながら、懸命に1割負担を維持しています。その一方で、財政破綻が近づけば、若者の失業率が高くなります。近年、財政破綻に直面する国では、若者の失業率は5割を超えています。

財務省は、消費税を現在の水準から5%上げれば、税収が13.5兆円増えると試算しています。消費税は基本的に高齢者3経費(年金・医療・介護)に当てられるのですが、今回の増税で財務省は「未来(子ども)への投資」と銘打って、子育て支援にも使うとしています。しかし13.5兆円のうち、子育て支援に充てられるのは、わずかに0.7兆円。とても本気とは思えない金額です。

今後、国の取り組みが変化するのかと言えば、可能性は低いでしょう。選挙で投票した年代別の割合を示す円グラフがあります。グラフでは50代以上が全体の6割超を占め、60代以上でも半数に迫っています。20代は全体の1割弱です。若者の投票率が低いと言われて久しいですが、実はいま、若者が全員投票したとしても、数字上では高齢者世代に勝てない。それが少子高齢化の現実です。投票者の年齢構成は、政策の方向性に大きな影響を与えます。現在の政治のシステムが変わらない限り、高齢者優遇の流れも変わらないのです。

こうした流れが行き着く先に、何があるのか。不満を募らせ、行き場を失った若者たちは、街に繰り出し、国のあり方を力尽くでも変えようと過激な行動、クーデターを起こす。それが最悪のシナリオの一例です。

暗い話ばかりが続きましたが、危機への対応策はあります。たとえば、年金のカットです。バラマキと批判された「子ども手当」は、年間2~4兆円ほど。しかし、年金のバラマキは年間約50兆円。高齢者の方々は「若い頃から積み立てたお金を受け取っているだけだ」と言いますが、彼らは自分たちが支払った額よりもずっと多い金額を受け取っています。年金こそ、盛大なバラマキなのです。年金を現在の半分ほどにカットすれば、年間約25兆円の支出が抑えられます。消費税10%分と同程度の額を生み出せるわけです。

もう1つの対応策として考えられるのが、子どもを増やしていくこと。少子化対策として頻繁に取り上げられるのが、女性活用とワーク・ライフ・バランス(仕事と育児の両立)です。しかし、世界の流れからすれば、すでに周回遅れのイメージがあります。

そもそも、企業内に女性役員がいない時点で、1周遅れています。女性の役員・社員がいるとしても、その旦那さんはおそらくフルタイム勤務でしょう。夫婦がフルタイムで働いている間、子どもはどこにいるのでしょう。育児とは、保育施設で行うものではありません。そして、育児の責任は男女平等です。女性支援(=育児支援)を打ち出すのならば、父親支援も並行して行うべきなのです。

以上です。 パネル討論などはアカデミーヒルズ様のウェブサイトでご覧いただけます。

2013年7月9日

2050年 若者がテロリストになる日(シナリオ原案:少子高齢化の最悪の想定)

財団法人日本再建イニシアティブ『日本最悪のシナリオ 9つの死角』新潮社、2013年。のなかの「人口衰弱」の原案を担当しました。シナリオ原案をここにすこし紹介いたします。

(決して起きてはならないという意味で「最悪の最悪」を想定するミッションでのフィクションです。また各数値・試算や議論については、必ずしも学術的な裏付けが十分でなくとも、フィクションとして使っておりますことご了承ください)

2010年代、第2次ベビーブーマーが40歳を迎え出産可能年齢を越えた。だが、第3次ベビーブームは到来しなかった、少子化対策は失敗したのだった。そして、このまま少子高齢化がすすみ、2050年には総人口の4割が高齢者になる。医療や介護などの社会保障費は現役世代に重くのしかかり、多額の年金給付をまかなうために社会保険料は上がり続けた。高齢者世代のための年金・医療・介護制度といった“大盤振舞”は、その財源もないまま膨張し続け、若者世代には1人当たり5000万円を超える大きな借金が残された。重税に苦しむ若者世代と、その税で老後を暮らす高齢者世代との間には、大きな世代間格差がうまれた。2000年代にすでに指摘されていたこの格差問題は、1970年代生まれの第2次ベビーブーマーが後期高齢者となる2050年にそのピークを迎える。

しかし、高齢者が圧倒的多数を占めるそのとき、1人1票を原則とした選挙制度はそうした高齢者向け社会保障の膨張とその負担を若者世代におしつける政治に歯止めをかけることはできなかった。そして、絶望した若者たちの一部に狂信的思想がひろまる。最悪のシナリオでは、世代間格差を解消できない政治への絶望と怒りがつのる2050年には、世代間平等をとなえる革命思想が若者の心をとらえることになる。


高齢化と経済の衰退
「時代は変わった」。経済学者の後藤四郎はつぶやいた。来春、麻布高校を卒業する後藤の次男の六郎が、海外の大学に進学すると言い出したのである。最近では都内の進学校出身の高校生が欧米や中国の大学に進むことは、さほど珍しくなくなった。ところが六郎が進学を希望するのはアフリカのチュニジアにある北アフリカ総合大学だという。カルタゴの遺跡くらいの知識しかなかった後藤に対し、六郎はこう言った。「お父さんはどうせ、アフリカの大学で何を学べる?とか思っているんでしょう。言っとくけどチュニジアはアフリカで一番平和な国だし、日本と違って経済成長してる。人口が増えているし、何より若者が多いんだよ」。
 若者が多い、と言われて後藤は黙るしかなかった。日本の総人口は2050年現在、9187万人[1]。高齢化が進み、65歳以上の高齢者は約3800万人、総人口の4割を超える。20歳から65歳までの現役世代は4393万人で半分に満たないし、六郎たちのような20歳未満の若者は全体の1割だけだ。「僕は日本でマイノリティーとして生きていくのはいやなんだ」。父親に反抗しているというより、単なる事実という感じで六郎はそう言った。


 実際、今の日本で若者は少数派だ。街を歩いていると高齢者ばかりが目につく。通勤時間帯に赤坂見附から地下鉄銀座線に乗っても、座れるという事実に、四郎は先日驚いたばかりだ。一方、お昼前後に都バスに乗ると、シルバーパスをかざして無料で乗ってくる高齢者が列をなしている。これでは財政が破綻するのも当然だ、と四郎は考えている。
 マクロ経済学を専攻する後藤は東京大学で教鞭をとる。少子化による18歳人口減少の影響は、東大にも及んでいる。留学生を呼び込むため英語で受けられる講義が大半を占め、後藤自身も北京・上海・バンコク・ジャカルタなどアジアの主要都市を回る大学説明会に毎年1カ月程度を費やす。私立大学に至っては、教員の7割強を入れ替え、英語による講義やインターネットによる講義配信を行っている。
ただ、10年ほど前から、東大ではなく中国沿岸部の有名大学を留学先に選ぶ学生も増えてきた。というのも、人口の減少や社会保障の負担の増加により、日本の経済的地位は低下しつづけているからだ。21世紀に入ってGDP世界第2位の座を中国に譲ってから、日本の存在感はうすれるばかり。GDP2030年にはついにインドに抜かれ、この50年代にはブラジルに追いつかれるといわれている。
 その日の午後2時、四郎は霞ヶ関にいた。委員を務める経済財政諮問会議に出席するためだ。議題は消費税率引き上げについて。現在、消費税率は20%だが[2]、社会保障や年金給付への国庫負担などがかさみ、政府の借金は4000兆円に達している[3]
財務省は「プライマリーバランスを取るためには、3年以内にさらに5%の消費税率引き上げが必要」と試算しているが、ここ60年、プライマリーバランスが達成された試しはない。
 2010年代から消費税は徐々に引き上げられてきたが、逆進性が問題視されたこと、年金生活者からのロビイングがあり「消費税減免シルバーパス」が発行されることになった。65歳以上の日本国民が店頭でモノやサービスを購入した際、このパスを見せると、消費税を払わなくても良いのである。所得税、消費税、社会保険料、介護保険料など、この頃には負担は全て勤労世代に押し付けられるようになっていた。

2050年1月、首相官邸に怪文書が届く
それは、年金制度と介護保険制度の廃止、それらに充てられている約130兆円の予算を35歳以下の雇用対策と子育て支援に充てることを求める内容の怪文書だった。1週間以内に関連の法改正を行わない場合は「現代版アンシャン・レジームによって不当利益を得ている集団に報復を行う」と記されていた。この手の誇大妄想にもとづく脅迫状まがいの怪文書は1日に何通も届くため、保存されるだけで、特に対応はとられなかった。

 翌日、都内で大規模な爆破事件が起きる。場所は港区白金台にある高齢者向け分譲マンション。152戸中、9割にあたる130戸が全壊する大惨事で入居者の8割に当たる127名が死亡。
Bill Waugh—AP/Shutterstock.com ()Encyclopædia Britannica

 警視庁は高齢者を狙う連続テロとみなし、捜査チームを結成する。ほぼ全壊した高齢者向け分譲マンションの現場からは、建物の随所に仕掛けられた時限爆破装置と、実行犯と思しき人物の焼死体が発見された。検視の結果、実行犯はこのマンションと提携する介護サービス会社のスタッフの28歳男性Aであることが判明する。
 次の日の昼、高齢者の「社会的入院」が多い世田谷区の病院で停電が発生。地震など災害時にも作動した自家発電装置も機能せず、3時間にわたり電源喪失。呼吸器が停止するなどの影響で、患者40名が亡くなった。
 警視庁は事件の後すぐ、病院の清掃スタッフの32歳女性Bを全国に指名手配。Bは朝、出勤してきた後、停電の直後から行方が分からなくなっていた。高齢者を狙った事件が相次いだことから、警視庁では港区のマンション爆破事件と世田谷区の病院停電事件の間に何らかの関係があるのではないかと見ている。チームは病院爆破の実行犯Aの携帯電話(爆破の際に破損)の通信履歴から、Aが頻繁に閲覧していたホームページを見つける。そこには「維新断行・尊若討老」と記されていた。120年ちかく前に軍事クーデター未遂を起こした青年将校らが掲げていた「昭和維新断行・尊皇討奸」からとったものと思われる。
 この日の夜、首相官邸から警視庁に連絡が入る。2日前に届いた怪文書が、高齢者をターゲットにしたテロを示唆していたことを指摘される。ただ、この時点で怪文書と都内で起きた2つの事件の関連はまだ明らかになっていなかった。

都内で無差別連続テロ 高齢者が標的か」 ニュースのヘッドラインを読んだ後藤四郎は、見当違いで理不尽な犯行だとは思いつつも、こんな酷い事件が起きてしまうのは、20世紀におきた「少子高齢化」を放置してきた結果であることを痛感した。少子高齢化によって人口に占める高齢者の割合が多くなり、医療・介護費用が現役勤労世代に重くのしかかっている。
 日本の医療費は、2025年にすでに66兆円(GDP9%)を超えており[4]1970年代前半に生まれた団塊ジュニア世代が後期高齢者となった2050年には、医療費は90兆円を超え、GDP11%を占めるにいたった(下図[5])。

上田・堀内・森田.(2010)「医療費および医療財政の将来推計」京都大学経済研究所ディスカッションペーパー, No. 0907.


医療費90兆円といってものうち、その過半50兆円が75歳以上の高齢者医療費に消えていく。その財源のほとんどは、現役勤労世代が支払う健康保険料や税金である。その健康保険料にしても、保険という名目ではあるものの、その実際は高齢者医療費を賄うための税金にすぎない。また、20%の消費税率のうち、5%相当はこの医療費公費負担にあてられている。カルテ電子化やレセプト開示などで、医療費の「適正化」はある程度進んだものの、高齢化や医療技術進歩による医療費増加は避けられなかった。むしろ、急激な少子高齢化が問題だった。医療費の増加を社会全体で負担するためにも勤労世代の年齢層の厚みが必要であったが、それがかなわなかったのだ。

後手にまわった少子化対策
財政破綻・世代間対立・社会保障負担、これらが少子高齢化による危機の最終段階であるならば、その“危機はすでに100年前からゆっくり始まっていたように後藤には思えた。少子化のはじまりは、日本の場合、19458月に始まる戦後民主化にあったはずだ。それ以前、女性には参政権もなく差別されていたが、20世紀後半には日本だけでなく先進各国で女性の地位が大きく向上した。また同時期に日本は高度経済成長を体験し、家族のあり方も変わり、少子化社会に突入した。

 1945(昭和20)年 女性が参政権を獲得。同じ頃、大学も共学化される。

 1966(昭和41)年 結婚退職制度を違法とした東京地裁判決(住友セメント事件)。
 1967(昭和42)年 恋愛結婚の割合と見合い結婚の割合が逆転。
 1968(昭和43)年 日本のGNPが西ドイツを抜き、世界第2位の経済大国に。
 1969(昭和44)年 女子の高校進学率(79.5%)初めて男子(79.2%)を上回る。
 1974(昭和49)年 第2次ベビーブーム終了。出生率2.05に。人口維持水準を下回る。
 1985(昭和60)年 女性差別撤廃条約批准・男女雇用機会均等法改正。
 1990(平成 2)年 「1.57ショック」。少子化が社会問題として広く認識される。
 2005(平成17)年 総人口の減少がはじまる。

20世紀後半、少子化は先進国共通の現象であり、社会が経済的に豊かになるにつれ少子化が進んだ。家庭において子どもは労働力ではなくなったし、高学歴化にともない子ども一人当たりの育児費用は伸びていく。その一方で、社会保障制度の拡充によって、子どもだけに老後をみてもらうのではなく、政府が年金や介護などの面倒をみてくれるようにもなった。こうして、子どもを持つことの投資的性質はうすれ消費的性質が強くなったし、家族における子どものあり方も「量より質へ」と変わっていったのだ。
 また、女性の経済的地位の向上に社会が対応しきれなかった。20世紀後半、労働市場における女性差別はすこしずつなくなっていった。かつては、女性35歳定年制のように女性の「寿退社(結婚退職)」を前提とした雇用環境が当然とされていて、女性が男性と同等に給与をえるということは極めてまれであった。女性は20代で結婚し、職場を去り家庭に入る。そして、そこで子どもを産み育てることが期待されていた時代で、女性の経済的自立は困難だ。だが、職場における性差別的待遇が違法となり、少なくとも形式的な男女差別は解消されていったのが、20世紀後半である。それにともない経済力をつけた女性は、必ずしも20代で結婚しなくてもよくなった。しかし、育児や親の介護を「嫁」に押し付けるという性的分業の家族観は大きく変化しなかった。したがって、結婚そのものの魅力や必要性は相対的に低下していく。女性に子どもを「産ませる」ことをやめ、「産んでもらう」ことに転換すべき時期がちょうど20世紀末であったのだが、男性中心の経済文化構造は簡単には変わらなかったのだ。
 後藤は、学生の頃に当時の新聞記事などを読む機会があり、経済界が男女差別的雇用慣行を正当化しつづけていたことを知った。65年前の1985年に男女雇用機会均等法という、現在の感覚からすればその存在理由さえ滑稽な法律がつくられた。その法制化に奔走した官僚の回顧録[6]には、経団連の稲山嘉寛会長との面談の様子が書かれており、その席で会長は「[婦人に]参政権なんかもたせるから、歯止めなくなってしまっていけませんなあ」と述べたという。日経連にも、男女雇用機会均等法に反対の声明を出す動きがあったようで、経済界は男女同権に根ざした新しい雇用形態に極めて後ろ向きで否定的だった。
 ところが、21世紀になって少子化の影響が経済にも及んでくると、経済界は手のひらを返したように"女性活用"をとなえはじめた。女性には家庭に入らずに働きつづけてもらわないと困るし、同時に、子どもも産んでもらわないと困るというのだ。そうでなければ、日本経済は立ち行かなくなるとまでいいだした。当時を生きていれば時代の変化を感じることもあったかもしれないが、50年以上経ったいまから振り返れば、その豹変ぶりはほとんど冗談だ。21世紀になってもしばらくは、大企業の役員や政治家はほとんど男性で占められており、職場では依然として社員の長時間労働は解消されず、育児をしながら働く社員を露骨に差別する企業も少なくなかった。そんな彼らが女性に向かって、働き続けて税金は払って、でも子どもも産んでという。ずいぶん虫のいい話だ、後藤にはそうとしか思えなかった。結局のところ、出生率は1.0台に下がったまま人口は減少しつづけた。
1975年に出生率は2未満となったが、社会がそれを問題として認識するまでにさらに15年を要した。1989年の出生率は1.57にまで低下し、ついに1966年のそれ(丙午の迷信でこの年だけ出生率が極端に低かった)を下回った。これは当時の日本社会に「1.57ショック」という大きな衝撃を与え、この時期から政府はようやく少子化対策に取り組むようになった。
  1990年 厚生省「これからの家庭と子育てに関する懇談会報告書」
  1994年 文部・厚生・労働・建設の4大臣合意「エンゼルプラン」
  1999年 大蔵・文部・厚生・労働・建設・自治の6大臣合意「新エンゼルプラン」
  2003年 少子化社会対策基本法・次世代育成支援対策推進法



しかし、それはすでに遅すぎた。1.57ショック以降、政府は数多くの検討会議や有識者会議などを設け、報告書・大綱・行動指針の類を打ち出した。後藤は、それらを読み返してみた。ごくまっとうなことが書かれていて、子育てという役目を女性や家庭におしつけず、社会で共有しようといってみたり、男性の子育て参加を促進したり、50年前にしては悪くない。だが、そうした報告書や行動指針は乱発気味で、掛け声倒れに終わったようだ。なにより、財源がともなわなかった。子育て支援関連の予算はGDP1%前後で、子育てを社会で共有しているとはとてもいえなかった。
出生率が2を切り、総人口の減少が始まる2005年までのちょうど30年間。この時期に高齢者向けの社会保障給付(医療・年金・福祉など)は激増した(図)

当時の社会問題は「高齢化」。厚生省「これからの家庭と子育てに関する懇談会報告書」(
19901月)のまとめ部分には、次のように書かれていた:「これまで「高齢化」の名のもとに,社会全体の目が高齢者に向けられてきたと言っても過言ではない。しかし,将来の社会を担っていくのは現在の子どもたちであり… 子どもは人頬の未来であり,子育ては未来社会の設計という人類がなしうる最も創造的な営みである」。また、2004年に政府は『少子化社会白書』(のちに『子ども・子育て白書』)を発行し始めた。その第1号には、「高齢者重点型から少子化社会対策の強化を」と予算配分に触れてはっきりと核心が書かれていた。同白書は毎号、GDP比で2~3%は子育て支援財源が必要だと繰り返し主張していた。だが、当時の増税議論をみても、そういった主張は国政に反映されなかった。2010年代の消費税率引き上げのときの資料を見つけた後藤は、その内容に苦笑せざるを得なかった。消費税歳入は、それまで高齢者3経費(年金・医療・介護)にあたられてきたが、そのときの税率引き上げにともない、高齢者3経費だけでなく、「未来への投資(子ども・子育て支援)」も使途にいれたというのである。たしかに、高齢者向け社会保障の拡充のためだけに増税するというのでは、世論が納得しなかったのだろう。ところが、実際はちがった。子育て支援にあてられる歳入などほとんどなく、2010年代前半の消費税増税分のほぼすべてが高齢者3経費に消えたのだった:

消費税率5%引き上げによる増収見込み:      13.5兆円。
(内:子育て財源にあてられる分               0.7兆円)



その「未来への投資」を怠った結果が現状である。後藤にいわせれば、なるべくしてなった超高齢化社会だ。

 高齢者が標的だと報じられ、高齢者が多く入居する富裕層向けマンションや病院は、独自に警備を強化した。四郎は、政治家が入院することで有名な都内の病院のまえを偶然に通りかかり、その玄関前に長蛇の列ができていることに驚いた。タクシーの運転手に聞くと、荷物検査だけでなく、来院者ひとりひとりに金属探知機をあててボディチェックをしているという。その列を整理するために、警備員が臨時増員されている。よくみると30歳前後の若者が警備員として高齢者たちの列を護衛している。警備員はフリーターだろうか非正規雇用だろうか。彼らが非正規雇用で得た給与の約3割は、彼らが護衛している高齢者の受け取る年金や医療費に使われている。世代間格差を象徴するような光景だ。

21世紀になってから世代会計という計算手法をつかって、世代間格差の推計がなされるようになった。2001年の年次経済財政報告の推計では、団塊世代がいわば持ち逃げした社会保障(主に年金)のツケを後の世代がかぶっている様子が図示されていた。1940年代生まれの世代は、差し引きで約5000万円を社会保障などで政府から受け取っている。そしてそのツケが、後藤たち21世紀生まれの世代に残された。21世紀生まれは一人当たり約5000万円の国の借金を背負っており、1940年代や団塊世代の受け取った社会保障給付を肩代わりして支払う形になっている。
団塊ジュニア世代(1970年代前半生まれ)が2050年現在の高齢者で、彼らはたしかに1000万円ほどの払い損になってはいるが、いまの若者ほどではない。高齢者と若者の世代間格差は依然として4000万円ちかく存在するのだ。

特に、年金の過大給付「払いすぎ」が大きなツケを残した。公的年金債務は2010年頃には550兆円を超えており、すでに取り返しがつかないことになっていた。勤労世代が負担する保険料だけでは、当時の年金給付を賄うことはすでにできなかったため、2008年には年金積立金の取り崩しがはじまった。そして、2030年に年金積立金が枯渇した。

世代間格差を是正しようという動きがなかったわけではない。10年前、2040年総選挙のときに、世代間格差解消を掲げた「日本若者党」が各地に候補者を擁立し、「政府のアンチエイジング」や「シルバー民主主義をかえよう」といったスローガンで支持を呼びかけた。だがすでに60歳以上が全有権者の過半数を占めており、年金給付適正化などの公約に票はあつまらなかった。そもそも勝ち目のない選挙戦であったが、「日本若者党」がなげかけた世代間格差の問題に20代の若者も関心をもち、20代の投票率は60%にまで上がった。20代の投票率が60%を超えたのは1980年が最後で、実に60年ぶりのことだった。だが、投票者の年齢構成をみると、3分の2が50歳以上であった(図)。

日本若者党は惨敗。結局、1議席も獲得できなかった。
 こうした事態を見越して、前世紀から「年齢別選挙区」の導入をとなえる経済学者もいた。有権者の年齢ごとに選挙区を設け、たとえば、20~30代の若者区、40~50代の中年区、60代からは老年区とする。その選挙区ごとに議員を選ぶというアイディアだ。これなら、人口構成がゆがんでも、若者の声は一定数の議員を通じて、少なくとも国会に届くはずだ。また、21世紀に入ったばかりのころ、別の経済学者が「余命別選挙制度」を提唱した。これは、余命に応じて選挙権に重みをつける仕組みで、余命の長い若者の選挙権を重くするものだ。年齢別選挙区をもとに、議席配分を余命でウェイトをつけることでそれを実現する。生涯を通じた1票の重みは同じなので、1人1票の原則も守られる。これならば、現在のようなシルバー民主主義の膠着状態に陥らずにすむという発想だった。だが、もちろん、これらの年齢別選挙区にしても、余命別選挙制度にしても、それが現実的な改革案として取り上げられることはなかった。

連続テロ3日目。高齢者を直接標的にしたテロに対しては厳重な警戒体制がしかれていたが、その虚をついたように、午前10時に日本年金機構ビルに爆破予告が入った。年金機構が「世代間の助け合い」という名のもとに行なってきた「搾取」に対しての報復だというのだ。ただちに全職員がビル外へ退避し、同時に爆発物処理班が到着し、爆発物の捜索を開始した。午後3時に爆発物がみつかったものの、現場での爆発物解体処理が必要で周辺ビルに入居するすべての人を強制退避させなくてはならなかった。ようやく午後9時をまわった頃に爆発物の無力化に成功する。
だが翌日、年金機構のデータサーバーに外部から侵入があり、年金記録の大部分が大幅に改竄されていることが判明した。爆破予告をおとりにしながら、年金記録データをねらったサイバーテロであった。これにより年金給付手続きがしばらく停止し、現金を手にできなかった年金生活者が絶望のあまり命を絶ってしまうという痛ましいニュースがそのあとに何件か続いた。

一連のニュースは、公的年金制度の最悪の帰結であるように後藤には感じられた。そもそも1960~80年代に導入された公的年金の仕組み自体、ねずみ講みたいなもので無理があった。危機のはじまりは、過去の年金の大盤振る舞いにある。
もちろん、80年代から低下傾向にあった出生率が回復しさえすれば帳尻はあったかもしれない。政府が年金財政の将来見通しを推計するたびに出生率は下がりつづけていたのだが、それにもかかわらず、出生率は回復するという楽観的希望を「推計」と称することで年金財政の持続可能性を強調しつづけた。


厚生省の研究機関は出生率が回復するという「推計」を出し続け、

厚生省はそれを前提に年金収支を計算してきた



出生率の回復が望めないことがわかってからも、政府は年金の大盤振る舞いを改めなかった。出生率のごまかしがきかなくなってからは、経済見通しの「推計」で帳尻をあわせるようになった。後藤は、当時の財政検証の資料を探してみたところ、後藤が小学校に入学した頃の2009年のものが見つかった。たしかに、少子化が進行しても、経済成長が続けば、なんとか持ちこたえられたかもしれない。資料によると、賃金は年率2.5%で成長しつづけ、さらに女性や高齢者の労働参加も進み、保険料収入が伸びると予測していたようだ。そして、積立金運用では年率4.1%の運用益が見込まれている。物価上昇率は1.0%なので、実質年金給付はすこしずつ減っていくという目論見だった。「何だ、これは」、後藤がおもわず漏らした言葉が図書館に響く。だがこうした甘い目論見も、20XX年に起きた日本国債暴落危機以降は政策論議の舞台から姿を消した。

「少子高齢化の時限爆弾」。後藤四郎が大学院生の頃に、財政学の講義で何度も聞かされた言葉だ。その講義を担当していたのは1970年台前半に生まれた第2次ベビーブーマー・団塊ジュニアで、自分たちの世代が国家財政を破綻させるんだろうと自嘲気味にいいながら、その言葉を繰り返していた。ただし、その准教授は「でも、わたしは子どもを3人産みましたからね」と必ずそのあとに付け加えることを忘れなかった。彼女にとっては、少子化社会においてそれが自分にできる一番の社会貢献だというのだった。

国会が臨時招集される。与野党間の責任追及問題で議論は空転して、なにも進まず。

高齢化がすすむ東南アジア諸国では、介護士需要が急増している。そうしたなかフィリピンやインドネシアから介護労働者が日本に来なくなって久しい。日本政府が介護士不足の打開策として考えているのは、旧北朝鮮領内にいる人々を移民として受け入れることだった。その介護士資格認定試験を受けに、旧北朝鮮領内から約5000人の移民が呼び寄せられた。マスメディアを呼んで、資格試験受験者が会場を埋め尽くす様子を全国に見せつけ、内閣支持率をすこしでもあげようというイベントである。ただし、資格試験といっても、右左もわからぬ難民同様の人達を無理やり介護士に仕立てあげるというのだから、試験問題にはハングルで注釈がたくさん入っているという。
テロ4日目の標的となったのは、その試験会場だった。介護士を外国人にまかせてしまっては、さらなる介護報酬の切り下げの口実を与えるだけだ、とでもいうのか。爆破予告をうけ、受験者たちを外に避難させるも、日本語もわからない彼らは慌て、会場付近は混乱を極めた。爆破予告どおりの場所に爆発物が発見され、3時間後に無事に撤去された。試験を予備会場で開始するために受験者を再度呼び集めたが、集まったのはわずかに3300人程度であり、およそ3分の1が文字通り着の身着のまま"不法難民"となり東京都内各所に消えていった。

次の日、後藤四郎は、財政学の講義で教壇に立っていた。連続テロ事件の背景を解説したあとで、選挙の経済学モデルを教えはじめた。1人1票という20世紀の普通選挙制度が、実は人口減少期には、高齢者優遇のワナに陥ることを示した。そして、とても極端で理不尽なのはいうまでもないが、まさにその高齢者優遇のツケが、一連のテロ事件という形で現れてしまったのだと話した。だが、学生からの反応は冷たい。お前たち大人に責任があるだろう、といわんばかりだ。彼らの気持は十分わかるし、多くの優秀な若者が海外にでていってしまうのも当然だ。ただ四郎は残念に思うのは、仮に高齢者優遇のツケがあっても、少子化がここまですすまなければ、若者の未来はもうすこし明るかったかもしれないということだ。四郎は、かつての財政学の講義を思い出した。そこで、苦笑いをしながら、「ま、ぼくにも子どもが2人いるんだけどね」と付け加えるのが精一杯だった。
週末に訪れる予定の実家には近い将来に介護を必要とする両親が住んでいる、また自分自身の老後のことも心配だ。息子がアフリカの大学を進学先に選んだことも気になる。これがほんとは夢をみているだけなんだと思いたかったが、少なくとも学者である自分がそんな希望的憶測に逃げてはいけないと自戒し、学生に向き直り講義を再開した。

ラストシーン:
午後6時10分にチャイムがなり、チャイム終了時にあわせて後藤は「回答やめ。筆記用具をおいてください」と大きな声で教室の受験生たちに伝えた。これで、東大入試の第1日目の全科目が終了した。1日目は特に問題なくおわったようだ。秋入学に移行したあとも、国立大学の受験日は2月25・26日のままで、日本社会で何十年と変わらぬものの一つである。手順通りに回答用紙を数え上げ、受験者数と一致したのを確かめてから、封筒に入れた後藤は、所定欄にサインペンでなかば殴り書きのように自著した。暗い窓の外をながめても何も見えない。天気予報のとおり、すでに午後から雪が降り始めていて、明日の明け方には都内でも10数年ぶりの積雪となるらしい。もうすでにいくらか積もっているのだろうか、靴下の替えを持ってくればよかった。明日は積もるね、と傍らの事務職員に話しかけると、明朝交通機関が止まった場合の対処を教えてくれる。外に出ると、うっすらと積りはじめていた雪がひかっていた。
 その夜、高齢者を狙った無差別大規模テロ計画が発覚。特殊部隊に出動要請が出る。夜半すぎから雪の積りだした街中を、500名余りを乗せた装甲車両の列が現場に向かう。大規模なテロ計画だという情報があり、車両には爆発物処理班だけでなく、自動小銃で武装した特殊部隊の精鋭が多く乗り込んだ。
隊列は都内に入ったが、目的地への道から逸れていく。異常に気付いた司令部が「君たちはどこに向かっているのか」と問うと、部隊を率いているはずの連隊長からの応答はなかった。かわりに、「我々は全員、35歳以下であります。ニッポンの未来を守るために全力を尽くす所存です」と告げる声が聞こえ、通信は途切れる。司令部の誰もが何かを言おうと言葉を探す。その虚をつくように、0時の時報が鳴り、日付が変わった。
2050年の「2・26」もまた、都内には早朝から雪が積もっていた。


1945(昭和20)年 女性が参政権を獲得。同じ頃、大学も共学化される。
1968(昭和43)年 日本のGNPが西ドイツを抜き、世界第2位の経済大国に。
1974(昭和49)年 第2次ベビーブーム終了。出生率2.05に。人口維持水準を下回る。
1985(昭和60)年 女性差別撤廃条約批准・男女雇用機会均等法改正
1990(平成 2)年 「1.57ショック」。少子化が社会問題として広く認識される。
2005(平成17)年 総人口の減少がはじまる。
2008(平成20)年 年金積立金取り崩し開始
2010(平成22)年 GDP世界2位から転落。中国に抜かれる。 
20XX年 日本国債暴落
2020年 消費税率20%に
2030年 年金積立金枯渇
2040年 日本若者党の「かえよう!シルバー民主主義」が話題に。
2050年 若者がテロリストになる日




私のシナリオ原案から起こしたものが、この書籍の「人口衰弱」という章にまとまっております。(結末は私の原案よりもだいぶぬるい結果になっています)

財団法人日本再建イニシアティブ『日本最悪のシナリオ 9つの死角』新潮社、2013年。



[1] 国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成241月推計)』の出生低位(死亡中位)推計。
[2] たとえば、21世紀政策研究所『社会保障の新たな制度設計に向けて』の試算(表5)。
[3] たとえば、財政制度審議会起草検討委員会資料「財政の持続可能性についての分析(平成19年)」によれば、公的債務残高がGDPの約4倍にのぼると試算している。
[4] 社会保障国民会議「医療・介護シミュレーション」経済前提 Ⅱ-2 の場合。
[5] 上田・堀内・森田.(2010)「医療費および医療財政の将来推計」京都大学経済研究所ディスカッションペーパー, No. 0907.
[6] 赤松良子『均等法をつくる』勁草書房、2003年。
[7] 資料:国立社会保障・人口問題研究所「社会保障給付費」。

2013年3月10日

経済実験を体験できる未来館の「波乱万丈!おかね道」

おもしろい!に徹底的にこだわった展示でした 
「監修協力」させていただけて幸せです
あなたは自分が公平な人間だと思っていますか? 本当にそうかどうかを確かめる"実験"が経済学であるんです。

日本科学未来館(お台場)の特別企画展「波乱万丈!おかね道」では、「あなたを映し出す10の実験」とあるように、お金にまつわる実験に参加し質問に答えることで、自分の意外な面を発見できます。(展示は6月24日まで)

「監修協力」に私の名前をいれていただいたので、4歳の息子と一緒に内覧会に行きました。大人と子どもの経済観念の違いを実感できる場面や、アニメやコントを活用した映像展示もあり、お子さんと一緒でも楽しめます。

例えばある実験では、あなたが「公平な人」か「自分の利益を最優先する人」かが分かります。ひとりでも楽しめますが、仲の良い友人やカップルで一緒に行き、実験結果を見せ合うと盛り上がるでしょう。

私の講義では、うまい棒ゲームで
"限界効用逓減"を説明します。
毎年、大人買いです。
私は一橋大学と早稲田大学で"実験経済学"を教えて今年で4年目です。そこで一番大事にしてきたことは、この企画展の趣旨にも通ずる「経済理論を、身を持って体験してもらう」ことです。講義では、紙に書かれた数字をみて考えるゲームだけでなく、うまい棒を使った実験などなるべくモノを使って実演してきました。教科書を読んだり板書を写すだけでなく、一度実験に参加してもらうと、実感をともなって経済理論を理解してくれるようです(「早稲田大学で話題の講義!」)。

講義は大学の教室で完結するので、経済実験を体験してもらえるのは、350人弱が限界です。 一方、こちらの企画展は、大学生だけでなく、社会人や中高生、小学生など毎日数百人が参加でき、累計参加者は数万人規模が期待できます。

展示を見てすごいな!と思うのは、見せ方の工夫です。まず、ポスターやウェブサイトに使われているイラストがセンス抜群に良く目を惹きます。ほかにも「難しそう」ではなく「面白そう」と思わせる、匠の技がたくさん。
"ミライ銀行"のATMが第1の展示
ここからスタートです

「おかね道手帖」 これを手に会場を
まわり、10の実験での自分の行動を
記録します。教訓・解説も記載。
会場入り口にはATMを模した実験装置があり、うちの4歳児は駆け寄っていましたし、通帳風の冊子(写真)に実験結果を記録するのが洒落ています。科学展示の専門家やデザイナーさん、展示物を作る専門家のみなさんの力が結集されて、経済実験の面白さが伝わる形になっています。



リスク認知の"歪み"をあぶりだす
実験は、カジノっぽい演出で。
監修協力者一覧に
「竹内幹」を見つけました。
時間選好:どっちを選ぶか、まずは
2つの入り口のどちらかに入る。

ちなみに、『中央公論』の4月号では「身の丈の経済学:お金との付き合い方から社会を考える」と題した特集が掲載されています。この中で、大竹文雄先生(企画展の総合監修)、山岸俊男先生、春野雅彦先生と一緒に私も寄稿をさせていただきました(テーマは「高齢者と将来世代、どちらを重視するか?」)。併せて御覧いただけたら嬉しいです。

2013年2月2日

実験経済学:論文のトレンド(京都大学でトーク)

実験経済学の論文のトレンド(および研究のデューデリジェンス)について、京都大学でトークいたしました。京都大学が経済実験室を新規開設した記念に2日間のワークショップが開かれ、15人がトーク。私は、そのオープニングに60分話す機会をいただきました。どうもありがとうございます。
 前半40分は「論文のトレンド」について、後半20分は「研究のデューデリジェンス」について。前半の発表スライドは以下でご覧いただきます。解説は以下に。



まず、実験経済学の論文数の動向について5年毎に棒グラフにしてみました(下図の左)。EconLitでSubject欄に"experiments"を含む論文の数をまとめました(まれにモンテカルロ実験といった例外もあるので、概数です)。特に2000年台で伸びています。実験経済学の祖 Vernon Smith先生のノーベル賞受賞が2002年ですから、実験経済学のプレゼンスが大きくなったのは2000年台前半の出来事です。主要掲載誌別に数えてみて、2001~05年と06年~10年を比較したのが、下図の右。

後半の5年で掲載論文数がずいぶん増えましたが、注目すべきは、AER掲載数が4倍に増えていること。たしかにAERに実験経済の論文がずいぶん載るようになったとおもいます。あとは、JEBO(J. of Economic Behavior and Organization)に実験経済の論文が大量に載るようになりました。JEBOのassociate editorをみると、実験経済学を専門とする経済学者がかなり多いです。

 Charles Noussair教授の講演スライドにどんなトピックの実験論文が載ったかというデータがあったので、それを円グラフ(左の図)にしてNoussair教授のまとめを紹介・解説。「社会選好」が36%, 「市場実験」が24%, 「意思決定」が14%, あとは「ゲーム」が21%という感じだそうです。
最後に、ところで実験論文1本あたり、だいたいどのくらいの被験者数になっているのかをAERでみてみました。多いものは800人のサンプルサイズになっていたり、少ないものだと100人未満。やはり理論部分で貢献があれば、実験パートがおまけ程度でも大丈夫。逆に、理論部分に新規性がない場合は、実験でいろいろなトリートメントを用意して比較することでインパクトを出さないとパブリッシュにはいたらないという様子がいみてとれました。
 後半のデューデリについては、1)被験者保護の手続き(IRB)、2)捏造を防止・疑われないための手続き、3)利益相反確認の手続き、について、事例などを紹介させていただきました。

京大周辺には子どもの頃から何度か訪れていましたが、京大キャンパス内は初めて。曽祖父が法学部長をしていた頃の校舎が残っていて驚き。いまの法学部校舎はちょうど彼が東北大から京大に移籍した頃に建てられたそうで、研究室の場所がわかればいずれみてみたいものと思う。となりが節分で有名な吉田神社で、お祭りをやっていました。

2012年12月12日

余命別選挙制度(余命投票方式)・世代間格差

竹内は「余命別選挙制度」を提唱しています。これは、余命に応じて選挙区分け・議席配分をすることによって、投票権を余命に応じて重みをつけるという制度です。つまり若い人の1票を、高齢者の1票より重くできるのです。少子高齢化・人口減少の社会では、余命別選挙制度にしないと、世代間格差が広がってしまうと私は危惧しています。

子ども1人に4500万円の借金を押し付けている現状。
この子たちの行く先を明るいものにしなければならない。
現在の高齢者世代は、年金や医療保険を通じて政府から多くの給付を受けていますが、その財源は国の借金(国債)や現役世代が支払う税金です。そのツケは若者世代やこれから生まれてくる将来世代に膨大な国債残高として残されていくのです。

内閣府の「年次経済財政報告(平成17年)」は、高齢者世代が生涯にわたってどれだけの税金を支払い、どれだけの便益を受けたかを計算しています。それによれば、今の60代は差し引きで約1600万円分の純受益があったことになる。それに対し、今の30代が生涯に受ける便益を計算すると、実に約1700万円のマイナス(支払い超過)です。これから生まれてくる将来世代は多大な国債が残されるので、生涯で約4500万円分の借金返済に追われるという。これは「財政的幼児虐待」ともいわれています。

投票箱をあけると高齢者の票ばかり
(財)明るい選挙推進協会のデータ
急激な少子高齢化により歪んでしまった人口構成のもとでは、選挙で多くの票を投ずる高齢者に有利な政策が選ばれがちです。いわゆる「シルバー民主主義」です。国政選挙での投票箱を開けてみると、20代が投じた票はわずか9%で、50歳以上の票が過半数といった事態(左図)で、これは必ずしも若者が投票しないからだ、というわけではなくそもそも人口構成がそのくらい歪んでしまっているのです。

たとえば、消費税の税率5%アップで、政府は13.5兆円の追加税収を見込んでいます。消費税は高齢3経費(年金・医療・介護)に使われますが、財務省は、今回は「未来(子ども)への投資」も使途にいれたと宣伝しています。しかし、それはたったの0.7兆円。13.5兆円増税して、たった0.7兆円をもって「未来への投資」といっています。

「子ども手当が...」?。毎年毎年、年金50兆円をバラまくのに比べれば、子ども手当の2兆円など微々たるものです。「いまもらっている年金は若い時に積み立てたものだから...」?。いえいえ、いまの高齢者は、彼らが現役時代に払い込んだ社会保険料の2倍~4倍の年金を受け取っています。しかし、いまの現役世代には増税が待っているので、結局は「払い損」になるはずです。

もう、若さに応じて1票に格差をつけないとやっていけない段階かもしれません。国政選挙はその国のあり方、数十年後の行く末を決める選挙です。その選挙結果の影響を数十年にわたって受ける世代こそが、将来を見通して責任をもって投票する当事者でしょう。今後、50年、60年に渡って日本の将来を担う世代の声が議会に強く反映されるべきです。

余命別選挙制度の作り方
選挙区というと地理的な区分けが想定されています。各地方の選挙区から選出された地域代表を通じて、社会全体の利害を議会に反映させるシステム。しかし、社会全体の利害を汲み取るために、世代ごとに代表を選出してもいいでしょう。0歳~30代の「青年区」、40~50代の「中年区」、60代以上の「老年区」のように分け、世代ごとに代表を選べばよい。そうすれば若者世代の声は「青年区」選出の議員が代表できる。 これは年齢別選挙区というアイディアで井堀利宏・東京大学教授が提案してきた。

私は余命別選挙制度として、各世代選挙区に、その世代の平均余命(あと何年の寿命があるか)に応じて議席(議員数)を配分し、投票権と余命をリンクさせることを提案しています。たとえば、いま25歳の人の平均余命は57年で、55歳の平均余命29年の約2倍。そこで、20代選挙区には議席を多く配分し、その有権者1人当たり議席数が、50代選挙区の2倍になるようにする。若さに応じて1票に格差をつけるわけです。

「1票の格差」はどうなるのだ、という疑念にはこう答えます。移行期を除けば、生まれた年にかかわらず、どの人も生涯を通じて同じだけの投票力を持つので、生涯を通じた「投票価値の平等」は担保されます。また、若者の影響力が過大になるというのも誤解です。彼ら自身もやがては高齢者になるのだから、若者だけに都合の良い刹那的・利己的政策ばかりを支持するとは思えないし、むしろ、孫のいない高齢者のほうが利己的な投票行動に走る可能性のほうが大きいと考えられないでしょうか。

少子高齢化が進み歪んでしまった人口ピラミッドを、余命でウェイトづけしてみましょう。かつて日本が元気だったころの人口ピラミッドを再建できることにお気づきいただけると思います。


日経ビジネスオンラインにフルバージョンを書かせていただきました。そちらでは、「公共財としての子ども」という考え方も紹介しています。http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110531/220334/

ワールドビジネスサテライト(2012年5月31日放映)の特集でもコメントを紹介していただきました。
http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/feature/post_21365/

私は世代間対立ではなく、本当の意味で共に支えあう社会を強く望んでいます。