2009年11月7日

保育所規制緩和、あえて反対! いや断固反対だ。

保育所や待機児童の問題は、1歳の息子を共働きで育てる当事者として大変関心があります。私自身、経済学の洗礼を受けた市場主義者として、バウチャーや参入規制緩和の意義はよくわかっているつもりです。ふだんからいかにもな市場原理主義者な物の見方をしています。

ただし、保育所の規制緩和の議論では、納得できないことが2つあります。1つ目は、保育所市場の自由化が「中途半端な市場化」におわり、そのしわ寄せを受けるのが、一番弱い当事者=子どもであること。2つ目は、現場を知らない人間が現場感覚と乖離した議論をしているということです。

第1点目は、ミクロ経済学の基本的アイディア(裁定、パレート改善など)を理解している方を前提としてお話します。市場化が効率性を高める条件としては、関連する市場も完全に(あるいは競争的に)機能していなければならないわけです。現実は、もちろん違います。情報の非対称性がありますし、価格交渉はフェアには行われません。

労働市場・転職市場・再就職市場が不完全:
妊娠解雇の問題があったり、妊娠した女性社員の大半が出産前に退職したり、男性の育児休業取得率が1%程度と低かったりするのは労働者と雇用主のパワーバランスが対等でないからでしょう。育児のために離職した親が、うまく復職できないのも情報の非対称性があるからでしょう。労働市場が完全には機能しないので、その非効率性は長時間預けられる子どもが負担することになるのではないかと思います。

資本市場が不完全:
乳児保育にはかなりの費用がかかります。子どもがもつ公共性・正の外部性や、保険機能ということを考えれば、その乳児保育の費用のうちいくらかは公的に負担すべきでしょう。とはいえ、自由化すれば、現在の保育水準を満たすために負担すべき私的費用はアメリカ並み(月20万円前後かそれ以上)になるでしょうし、大半の労働者にとっては、子どもを預けて働きつづけることは短期的に赤字になるはずです。そうした高額な保育料を支払ってまで働く親がいるとすれば、それは離職による生涯賃金の激減を避けるためであったり、家に閉じ込められたくないという動機があるからです。しかし、生涯賃金を担保に保育料を借り入れるなんてことはできません。したがって、父母のどちらかが仕事をやめるか、そうでなければ、低い保育料を払ってエコノミーな保育所(DVDを見せて子守とかかな?)に子どもを預けることになります。ここでの非効率性もやはりこうして子どもがかぶるのです。

手作りではなく、瓶詰めの離乳食を使うところが増えるかもしれません。もちろん、市場が完全であれば、瓶詰め離乳食を望まない親のために、追加料金で手作りの離乳食を提供する保育所が増えるはずだと市場主義者の私は考えます。しかし、手作り離乳食を提供する保育所が近所にあるとはかぎりません。取引費用の問題を忘れることはできません。

以上を考えれば、保育所市場の自由化が「中途半端な市場化」に終わってしまうだろうという予想がつきます。中途半端な市場化ほど最悪なものはありません。そのしわ寄せが、一番立場の弱い人たち=子どもとその保護者たちに向かうということは踏まえた上で議論をすべきです。

2つ目は、この議論に参加する人たちに聞きたいのは、あなたは自分の子どものおむつを何枚換えてきたのか、どれだけ離乳食をつくり子どもをなだめながら食べさせたりしたのか。自分の赤ん坊が初めて歩いた瞬間や、単語を口にした瞬間の喜びをどれだけ共有してきたのか。こんなこともわからない人たちは、少なくとも議論の前面に出てくるべきでない。

保育所の規制緩和を論じる人たちのほとんどが、独身で1日の大半を仕事に使っているか、奥さん(専業主婦)に家事と育児の全部を押し付けている男か、なのではないか。そうした人たちにとっては、待機児童問題の解決策は自由化・効率化にあるとみえるのは当然です。私はね、そんな人たちに「恥を知れ!」といいたいですね。

保育所認可の最低基準撤廃についても、はっきりいってばかげている。もちろん、足による投票とか、分権的意思決定システムの利点はわかっています。繰り返しですが、私は経済学者であり、どちらかといえば"新自由主義者"の部類に入るでしょう。しかし、0歳児3人を保育士1人で見るという最低基準を撤廃してなにをやりたいのだろうと思います。0歳児3人を保育士1人でみること自体、かなり無理があります。それに、食事の場、午睡室、ほふく室さえ確保できない保育所が過半数なのだから、基準を撤廃すれば、保育所のほどんどが狭い保育スペースで営業を開始するでしょう、そして非常勤の保育士をわずかに配置して切り盛りすることになりそうです。基準を撤廃すれば、将来に補助金をカットできるという目的だけだな。(もちろん、市場が理想的に機能すれば....という話は、私は痛いほどよくわかっています。)

待機児童数を減らすのが目的ならば話は簡単です。単に、保育所に"詰め込む"か、保育料を月20万円にあげればいいだけです。でもそれは、問題を解決することとはまったく別のことです。

1 件のコメント:

サージェ さんのコメント...

>2つ目は、この議論に参加する人たちに聞きたいのは、あなたは自分の子どものおむつを何枚換えてきたのか、どれだけ離乳食をつくり子どもをなだめながら食べさせたりしたのか。自分の赤ん坊が初めて歩いた瞬間や、単語を口にした瞬間の喜びをどれだけ共有してきたのか。こんなこともわからない人たちは、少なくとも議論の前面に出てくるべきでない。

ある政策を採るべきかどうかを論じるには当事者でなくてはならないのでしょうか?何か資格が必要なのでしょうか?
意見を述べる資格云々よりも自由化がより良い状況をもたらすのかどうかを議論すれば良いのではないでしょうか?
学問に携わっている人がこのような議論の仕方をするのは大変残念です。